2018-04-05 UPDATE

日本の家庭用ゲームの歴史(ゆるめ)~第1回:ファミコンその①~

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こんにちは!W・IのONと申します!

今回よりゲームに関してのコラムを徒然ゆるーく書いていきたいと思います。

昨今、eSportsに対する注目が高まっていますが、そもそもeSportsとは、

対戦型コンピューターゲームをスポーツ・競技として捉える場合の呼び方です。

ならば、コンピューターゲームの歴史を見ていくことによって、ゲームとの関わり方、ひいてはeSportsとの関わり方、eSportsの普及の糸口が見えてくるんじゃないかな、と思うわけです。

しかし、ゲームの歴史で調べてみても、オデッセイやらAtari2600やらの聞き覚えが無い単語が出てきて頭の中が???で埋まる方がほとんどだと思います。

僕もそうです。

というわけでこのシリーズでは皆様になじみが深い家庭用のゲーム機、第1回の今回はファミリーコンピュータ、通称ファミコンのお話しをしたいと思います。

ファミコンとは?

ファミコン、すなわちファミリーコンピュータとは1983年に任天堂から発売された家庭用ゲーム機です。

8ビットのCPUを搭載しており、ROMカセットを交換することによって様々なゲームが遊べるようになってます。

本体と同時に発売されたソフト、すなわちローンチソフトは『ドンキーコング』『ドンキーコングJR』『ポパイ』の3つでした。これら3つはいずれもアーケードゲームからの移植であり、『あのアーケードゲームが家で遊べる!』というのが一つのウリだったようです。

ちなみにマリオシリーズの第1作目、『マリオブラザーズ』は本体の発売からおよそ2か月後、大ヒット作『スーパーマリオブラザーズ』は2年後の1985年に発売されました。

以降のニンテンドーハードのローンチタイトルには大体マリオが入ってくるイメージがあったので、少し意外ですね。

ファミコンブームと『一家に一台』の時代の到来

ファミコンが発売された1983年はセガの『SG-1000』『SC-3000』、アタリの『Atari 2800』、トミーの『ぴゅう太Jr.』など、家庭用のゲーム機、ゲーム用PCが発売されたまさに群雄割拠の大乱世。

そのなかでもファミコンはゲームに特化させることで群を抜く高性能を誇り、また豊富で質のいいソフトをそろえることによって爆発的に普及しました。

その数、何と1年で約300万台!ファミコン発売前に販売台数で一歩リードしていたエポック社の『カセットビジョン』が約40万台なので、いかに驚異的な数字かがわかりますね。

300万台だけでももうすごいのに、続く1984年にはハドソンの『ロードランナー』、ナムコの『ゼビウス』、そして1985年には満を持して『スーパーマリオブラザーズ』というファミコン初期三大名作ソフト(僕の主観です)が発売されて、本格的にファミコンブームが訪れます。

販売台数も1984年度は約294万台、1985年度は約411万台(!)販売という驚異的な売り上げで、正に一家に一台という時代がやってきました。

”ファミリー”コンピュータであるという事

こんなことを書くと年がばれてしまいますが、ファミコンブームの真っ只中に僕も小学校の入学祝でおばさんからファミコンをプレゼントされました。

もちろんソフトは『スーパーマリオブラザーズ』、当時はどの友達の家に遊びに行っても置いてあったものです。

ファミコンが来た日、僕の家では父や母、妹、おばさんとみんなで交代でマリオを遊んだのを覚えてます。

”ファミリー”コンピュータというだけあって、ファミコンは家族で楽しく一緒に遊ぶ事を想定して作られたそうです。ゲームを通じて家族でコミュニケーションをとる、この方向性はスーファミ、64、Wii、Switchなどの後の任天堂ハードにも一貫して受け継がれているように思います。

家族みんなであーでもない、こーでもないといいながら少しずつ進めていき、少しだけ飲み込みが早かった僕は開幕からBダッシュをすることを覚え、絶妙な配置の最初のクリボーにやられ続けたりしていた記憶があります。

唐突に僕の思い出話なんかをぶっこんでみましたが、何が言いたいかというと、コミュニケーションツールとしてのゲームの側面に目を向けてはどうか、という事です。

今後eSportsが普及していくためには競技性の高さはもちろん重要だとは思います。ですが、それだけではなくコミュニケーションツールとしてのゲームの優秀さに目を向けそのゲームをプレイして得た繋がり楽しかったという気持ちの共有をする場がもっとあった方がいいんじゃないかな、と思います。

そういった場を作るお手伝いが出来ればそれがひいてはeSportsの発展にも繋がるのではないか、と思うわけです。

今回は初回という事でちょっと長めになりましたが、今後もゆるく、軽くゲームの歴史を思い出話を交えながら書いていこうと思います。

WRITTEN BY

ono

Walker Gaming STAFF

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