2018-04-11 UPDATE

eSportは「スポーツではない」のか 〜日本におけるeSportを取り巻く理解と未来について考えてみる〜

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はじめに
こんにちは。中卒のデブニートという設定で映像界隈や自動車界隈など面白いあれこれに首を突っ込んでいる「ひわい」です。
実際には大学院を卒業していたり、上場企業でUXデザイナーやディレクターをやっていたりしていて
縁あってWIさんに記事を書かせていただくことになりました。

さて、今日は最近話題のeSportsが「スポーツ」なのかどうか。
日本における一般的な理解と未来について。これについて考えてみたいと思います。

eSport特集への視聴者のコメント
というのも、先日NHKの番組でeSportsが特集されたことが記憶に新しいからです。
この番組はeSports自体には肯定的に報道しつつ、
視聴者(とくに40代以降)のみなさんからのリアルタイムなコメントには否定的な意見もあったことが印象的です。

いわく、
「汗水流して努力しているアスリートと同じとは思えない」
「ゲーム依存の問題深刻になってますよね!(その問題が)増えるだけ!!」
「ゲームばっかりやっていてはコミュニケーション能力育たないのでは?」
こういったものでした。

これについてひとつひとつ考えてみましょう。

まず「スポーツ」ということばの意味について考えてみましょう。これは「運動・体育」というイメージが日本では強いのですが
本来は「あるルールの中で行われる競技」すべてを指す言葉です。
(これについてはNHKの番組の中でも説明されていましたね)

ですからチェスのことを「スポーツ」ということも
賭けではない麻雀を「スポーツ麻雀」ということも
決してかっこつけや比喩ではなく、まさにその言葉通りなのです。

おそらくは、オリンピックの種目が「体を使ったスポーツ」に限定されていること
「体育=スポーツ」という考え方が学校の中で浸透してしまったこと
様々な歴史的な経緯で「スポーツ=運動」というイメージが日本では定着してしまったのでしょう。

こういう話をすると「日本人には欧米の言葉は理解できないんだ!」「先進国で日本だけが英語が苦手で恥ずかしい!」みたいな意見が出てくるかもしれませんが
こういった言葉の概念・イメージのズレというのはよくあることなのです。

例として、英語とドイツ語における自動車関連の言葉があります。
英語とドイツ語はどちらもゲルマン語族で、非常によく似た言語です。古くからある言葉(例えば西のことはWest、魚のことはFischと書く)のスペルや発音がほぼ同じだったりすることは珍しくありません。
しかしガソリンを指す言葉は、英語(イギリス英語)ではPetrol、米語ではGasoline/Gas、ドイツ語ではBenzin(日本語でいうシミ落としに使うベンジン=ホワイトガソリンと同じ)と言い方にズレがあります。
英語でワゴン車を指す「Wagon」はドイツ語では自動車を指す「Wagen」、全長の長い高級セダンを英語で「Limousine」と言いますが、これはドイツ語では「セダン」を意味します。
もともと馬車の形状につかわれていた用語が自動車に転用されるときにズレが起きたんですね。
このように、比較的新しく生まれた(輸入された)モノやコトの呼び方が、地域によって違うことは珍しくないわけですね。

こういった言葉の概念のズレを変えることは中々大変ですが、ズレが起きた経緯をきちんと整理して理解してもらうように新しい世代が行動し続けていれば、きっと「スポーツ=運動=汗水流して努力すること」というイメージが変わっていくのではないでしょうか。

②「ゲーム依存の問題が深刻」
たしかに「(テレビ)ゲーム依存症」が、WHO(世界保健機関)により2018年から精神疾患の一つとして認められるなど、社会的な問題の一つとなっていることは事実です。

しかしながら、あらゆる文化や社会グループにおいて「依存」という「精神疾患」は常に人間につきまという問題だと思います。
色々と厄介なことになりそうなのであえて言葉少なめにしておきますが、家庭、職場、思想、宗教、人間関係、金銭…あらゆるところに「依存」が生まれる可能性があるわけです。
「ゲーム依存」というのは、(テレビ)ゲーム特有の中毒症状ということではなく、人間の競争(本来のスポーツと同義)の中で生まれる精神的な依存の一例だと思います。実際に「スポーツ中毒」と呼ばれる依存症があるそうです。

そう考えると、ゲーム依存は様々な依存の中でも比較的マイルドな依存なのではないでしょうか。
「ゲーム依存の問題が深刻!」と言っている中高年の人たちの一部が若い頃にハマっていた学生運動と違って、大学を火炎瓶で燃やしたり、警察官を殴り殺したりするわけではありませんからね。

③「ゲームばっかりやっていてはコミュニケーション能力が育たない」
実際にオンラインゲームをプレイした人ならばわかると思いますが
現実世界と同様、コミュニケーション能力がないと成功しないのがオンラインゲームの世界だと思います。かえってコミュニケーション能力を育てる良い「授業」になるのではないでしょうか。
人間の社会活動においてはコミュニケーションが重要なのは石器時代から変わりませんし、そのコミュニケーションのツールが石や粘土板から、情報端末とネットに代わっただけなのではないかと思います。ネット上ではコミュニケーション=情報交換のスピードと量・範囲がリアルと比べて圧倒的に多くなる場合もありますから、うまく使えばよいだけでしょう。

実際に、オンラインゲームをきっかけとした就職、恋愛、結婚ということも珍しくなくなってきているのを感じます。
これまでのように職場での出会いをきっかけにした結婚があって、これからはゲームでの出会いをきっかけにした結婚があっても当然ではないでしょうか。
親に決められた望まない相手と結婚させられる、なんて昔話より素敵なことだと思いませんか?

オンラインゲーム(というかネットの世界全体)できちんとコミュニケーションが出来ない人が目立つことがあると思いますが、安心してください。
そういった人は現実世界でもきちんとしたコミュニケーションは出来ないものです。
ネット上ではコミュニケーションが苦手な奇人変人の行動が拡散されやすいだけだと思います。
最近ではスマホとSNSの普及のおかげで、現実世界の奇人変人もよく拡散されるようになりましたから、いよいよ現実とネットの境目はなくなってきていると思います。

とはいうものの、コミュニケーション苦手な人がゲームの世界でとどまってくれるのは、現実世界に出てきて人に迷惑をかけるよりもいいと思います。
宗教を無理やり進めてくるとか、酔っ払って駅員に殴りかかる中高年よりマシだと思います。ネット上のサービスにはたいてい「ブロック」とか「ミュート」の機能がありますから。

若者と年寄りの和解
これまでの話を整理をすると、

①eSportもスポーツの一種です。
②依存症はどこにでもあることです。
③コミュニケーションはeSportでも必要だし、かえっていい勉強になる。
というのが私の意見です。

eSportがスポーツとして、文化として発展していくことは間違いないでしょう。
問題は、それをいかにスムーズに、できるだけ多くの人が幸福になるように進めていくかどうかだと思います。
スポーツをはじめ、文化の発展に重要ななのは草の根で、世間一般に根付くことだと思います。日本で代表的なのが野球やマンガ・アニメでしょうか。

そう考えると、前述のNHKの番組と視聴者の声、及びそれに関するネット上の反応を見ていて
eSportの未来について考えるときに、一番大事なことは
新しい世代と、古い世代が理解し合うことだと思うわけです。

それについての一例として、私事ですが昨日出張で北海道から東京にやってきた父親との会話が明るい未来の一つだと思います。
父はいま57歳で、ヲタクではなくスポーツマン(ヨットの元国体選手&現スキーのインストラクター)なのですが、いわゆるテレビゲームも好きな人間でして
自分の子守唄&目覚ましが、枕元で僕のゲーム機で深夜&早朝にゲームをプレイする父のファイナルファンタジーや信長の野望のBGMだった思い出があります。
その父が久しぶりに会ったときに僕に話すのが、PCで見ているマンガやアニメ、そしてもちろんオンラインゲームの感想なわけです。
それも、NHKの大河ドラマや筒井康隆のSF小説の感想を語るように、ひとつの文化として考察しつつ、良かった点、改善してほしい点を話すわけです。
それに、会社の同僚とアニメの話をしているとか、オンラインゲームで知り合った友人の話も。スキー仲間の話をする時と同じように話すわけです。

新しいものが比較的好きな性格だし、昔からテレビゲームをプレイしていたこともありますが、なんというかこういう中高年もいるということは、日本を取り巻く環境も変化しつつあるのではないかと思うのです。
かつてスペースインベーダーやスーパーマリオに夢中だった若者が、いま中高年になりスマホを使いこなす世の中なわけですから当然の流れかもしれません。

eSportの最も素晴らしいところが、老若男女問わずにプレイできるところにあると思います。超高齢化&少子化社会の日本では人口がどんどん減っていきます。今後は世代を隔てずに社会活動をしていくことが社会活動の維持に必要となるでしょう。
かつて高齢者は少数派であり、別の世界(公園でゲートボールをしたり、老人ホームで囲碁をする世界)の住人として扱って、多数派の人々と隔離できてたわけですが、もはやそうできなくなっているわけです。
その意味で、任天堂がWiiやSwitchで実現しようとしているのがそのあたりにあるように思います。ゲーマーだけでなく、おじいちゃんと孫が一緒に楽しくプレイすることもできるゲーム、ですね。

そのなかで、日本にある古来からプレイされてきたスポーツを思い出すわけです。
そう、「将棋」です。
77歳で引退した加藤一二三と、史上最年少でプロになった15歳の藤井聡太が同じように勝負し、同じようにメディアで取り上げられてお茶の間を沸かす国、それが日本なのです。
そんな国で、若者と年寄りが一緒にeSportで勝負しあって健闘を称え合うことが出来ないはずがない、と僕は思います。今はただ、社会の変化に適応しきれずに不安に思う人と、そうでない人がいるだけなのではないでしょうか。

父を空港まで見送りに行くと「はやく孫の顔をみせてくれよー」と笑いながら言って、北海道に帰っていきました。
僕は、きっと自分の子供がうまれて物心つくころには、父から北海道でスキーを教えてもらったりするし、帰ったあとは居間でeSportをして遊ぶであろう未来が目に浮かびました。

eSportがスポーツかどうかについては、自分は紛れもなくYESだと思います。
そして今後の発展に重要なのは、世間一般から理解され根付くことだと思います。
新しいeSportに対して、理解がない人・不安に思う人がいるのは当然ですが
そういった人と理解しあい、一緒に楽しんでいく未来を目指すことが重要だと思います。

そんなわけで「日本における一般的な理解と未来」は明るく希望に満ちているように自分は感じます。最後までご覧いただきありがとうございました。
みなさんのご意見はいかがでしょうか

WRITTEN BY

ひわいさん

北大大学院IMCTS修了。
独ベルリン留学→芸能マネ→全日本ラリーチームマネを経て、
UXデザイナー/情報設計者/ディレクター/ライター。
より優れたカスタマージャーニーとチームビルドを目指して。
「ヒワインフォ」主催/映像制作/カーラッピングデザイン
(スーパーGT300チャンピオン獲得)愛車はMercedes-Benz

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